terry's River Side Bar

Memories of Rainy day <Part 3>

その日最後に入った踝ほどしかない浅瀬で、ゆっくりと毛鉤を呑み込んだイワナ。
ボクらはそいつを雷イワナと呼んだ。


Memories of Rainy day <Part 3>_e0009009_1212974.jpg五月晴れの朝、窓を全開にして清々しい風を受けながらクルマを走らせる。BGMはふたりともお気に入りのクラプトンだ。釣友の“Mr.N”とは久しぶりの釣行だった。最近は本流のニジマスに魅入られてるので、もっぱらウェットフライでの釣りを楽しんでるようだが、煩わしい事が苦手な彼はいつもドライフライの釣りだ。もちろんボクの師匠でもあるから、弟子のボクも師匠に合わせてドライフライの釣りだ。

ボクがフライを始めてから、いつもふたりでいろんな渓へとフライフィッシングの旅をしていた“Mr.N”。心配性なボクとは違い、彼のボックスはいつもスカスカ。それでも手持ちの少ない毛鉤でサカナを巧く掛ける。そして一尾のサカナに出会うことが出来れば、それでいい。ボクと違って、彼はガツガツしていないのだ。

そんな“Mr.N”と今日の目的地である初めての渓に到着。早速釣りの準備に取りかかる。この渓の林道には、途中に何台かの釣り人らしきクルマが至る所に停めてあった。渓への降り口は、釣り人の多い渓らしく踏み後がしっかりと付いているので、初めての場所でも入渓点は簡単に見つかった。“Mr.N”は珍しく、今日はニンフで沈めて釣ると言う。だから、ボクにドライフライで先行してもイイよと言った。じゃ、遠慮なく行かせていただきます。

水量と水の色はとてもイイ。コンディションは良さそうだ。しかし周りをよく見てみると、陽の当たらない北側の斜面には五月だというのに、雪がまだ残っていた。そんな渓での今回の相手はイワナ。入渓して間もなくドライフライで難なく一尾をキャッチすることができた。まだ冷たい流れにイワナを還し後ろを振り返ると、ちょうど“Mr.N”もロッドを曲げていた。駆け寄るとボクの釣り上げたイワナよりも大きく綺麗な魚体だった。何だか、ちょっとだけ悔しい。そのイワナのストマックを見てみるというので、一緒に見せてもらった。胃の中身をポンプで吸い上げ、シャーレに移し出してみると、メイフライの姿はほとんど無く、黒い甲虫などのテレストリアルで充たされていた。

そう、この日はそれまでとは違い、初夏を思わせるように日差しが強く、気温も高かったのだ。

その後スグにボクはイワナをもう一尾追加できたものの、お昼をまわる頃には照りつける太陽のお陰で、ふたりともヘロヘロになっていた。もちろんイワナは釣ることが出来なかった。まるで、この渓からイワナが消えたんじゃないかと思える程反応が無くなっていた。

気分転換する意味も兼ねて、蕎麦でも食べに行こうという事になった。朝、入漁券を買った店の軒先で、蕎麦の文字が見えたのを憶えていた。一皿500円のリーズナブルな蕎麦。付け合わせの大根おろしが非常に辛い蕎麦だった。そばをふたりですすっていると、一目見てそれと分かる格好の登山客の夫婦が一組こちらにやって来た。これから山を登るんだという。午後から?帰りはどうするつもりなんだろう。少し気にはなるが、もしかして宿がこの上にもあるのかな。

昼食を済ませた後、人間満腹になると眠くなる。少し休憩を入れてから釣りを再開する事になった。

休憩場所から林道を少し登った場所から、イブには少し早いけど“Mr.N”と再度釣り上がる。空を見上げると夏を思わせるような入道雲が出ていた。どうにか午前中に釣り上げたイワナよりも、いいサイズのサカナに出会いたい。そう考えながらも午前中は先行させてもらっていたので、“Mr.N”に午後からは先を譲る。するとあっけなく落ち込みから“Mr.N”のドライフライをイワナが呑み込んだ。

ボクらには、交互に釣り上がるときは先行者がサカナを釣り上げたら交代するという
暗黙のルールのようなモノがあった。まだ釣り始めたばかりなので、“Mr.N”がそのまま釣りを続けても別に良かったのに、交代しようということでソコから先はボクが先行する事になった。

しかし、上流に進めどサカナの反応がない。すぐ後ろを釣る“Mr.N”の事も考えれば、すべてのポイントを潰す訳にもいかないから、手前の釣りやすいポイントだけを叩きながら上流へと向かう。空からは遠くを飛ぶ飛行機のゴォォーッという音が聞こえていた。

しばらくイワナからの魚信のないまま釣り上がり、周りを見渡すと渓に沿っていた林道も見えなくなっていた。辺りは鬱蒼とした雰囲気で人工物は見当たらない。雰囲気はイイ。でも帰りは少し大変そうだな。なんて考えていると、また飛行機のゴォォーッという音が聞こえてきた。今日はたくさんの飛行機が飛んでるなぁ。

ふと前を見ると15m程先には右からの流れが岩盤にブツかり、深くえぐれて淵になっているポイントが見えた。その淵には枝が張り出し、イワナがいかにも着いていそうな雰囲気があった。あのポイントまで釣り上がったら、釣れても、釣れなくても“Mr.N”と交代しよう。そう思いながら手前の浅い流れにチョコンと頭を出した石の横へ毛鉤を投げ入れた。

Memories of Rainy day <Part 3>_e0009009_1215135.jpgすると水面から三角形のカタチをしたイワナの口が現れた。そしてそのままゆっくりとした動きで流れ落ちる毛鉤を呑み込んだ。イワナの姿が水中に消えるのを確認してから左手で余ったラインを引き、ロッドを持つ右手を跳ね上げた。ロッドが90度よりも手前の位置で、ドスンッと止まる。重量感たっぷりのイワナの感触。と同時に浅瀬に大きな水飛沫が上がった。

パンッと張ったサンライズカラーのフライラインが上流に向かう。慌ててボクもイワナの動きに合わせて上流へ移動し、イワナの動きを止める。するとイワナは急反転して下流に向かう。バットまで曲がるロッドなので、なかなかイワナの動きをうまく止める事が出来ない。そんなやり取りをしていると上空からまた飛行機の音。

ゴォォーッという音がすぐ近くで聞こえる。さっき聞こえた音よりも数倍大きい音だった。頭から足先まで、体中に響くような大きな音だった。その音にビックリしながらも、イワナを引き寄せ、ネットへと導く。尺には足らないが、ふっくらと太った優しい顔つきのメスのイワナだった。

“Mr.N”とふたりで、今釣り上げたばかりのイワナを見ていたら、急に雨が降り出した。それも普通の振り方ではない。いきなりの土砂降りだ。慌ててイワナを流れにもどし、“Mr.N”と薮の中へ駆け込んだ。空を見上げると、先ほどまでの晴れ間はいつの間にか無くなり、辺りは真っ暗になっている。そして・・・

ピシャーンッ!!

甲高く地面が揺れるような大きな音と、目の前が真っ白になるような光。
雷が近くに落ちたのだ。

ふたりとも慌ててロッドをたたみ、姿勢を低くしながら薮の中をかき分けて林道に出た。雷はまだ近くで鳴っているが、徐々に東の方向へと移動しているようだ。雨脚も少しだけ弱くなっている。ふたりで顔を見合わせて、今日はこれで上がろうと言い。クルマの止めてある場所までを歩いた。帰り道、車中では行きにも聴いていたクラプトンのCDを掛けながら、イロイロと話しをしていた。もちろん話題は最後に釣ったあの大きなイワナ。

ボクたちはあのイワナの事を雷イワナと名付けた。
by tokyo_terry | 2005-12-03 12:30 | ∴ Essay | Trackback | Comments(18)
Commented by Rolly at 2005-12-03 13:43 x
臨場感たっぷりで読み応えありましたよ~~!!
それにしても、釣り上げた直後に土砂降り、雷・・・

そのイワナってもしかしたら神がかり的な何かを持ってるのかも・・
な~んて思っちゃいますね。
Commented by dadlife at 2005-12-03 14:20 x
昼休み、ちょっとした読書タイム。写真も素敵でした。
terryワールド、最高です。
では、仕事に戻ります。(^^)
Commented by kita at 2005-12-03 19:00 x
いいですね。
本にしましょ。
そしたら一番で買いますです。
その時はサイン入れてね。
Commented by para-miyuki at 2005-12-03 21:35 x
叙情感がありますね。これは、FF誌に起草してみたら?そしたら、私もMr.P氏で登場させて下さいね(笑)
Commented by tokyo_terry at 2005-12-03 22:07
Rollyさん★こんばんわ!
最後まで読んでいただきありがとうございますm(_ _)m釣りに行けないので土曜の朝っぱらから、雨の思い出の釣りを描いてみました(笑)
このイワナのいた場所より先のポイントがとても気になりましたが、何だかそれ以上先に入ってはいけない気もしたので納竿しましたが、もしかしてもっと大きなイワナが・・・。アマゴじゃなく、イワナだったから何か神秘的な気がします。
Commented by tokyo_terry at 2005-12-03 22:09
dadlifeさん★こんばんわ!
お昼休みだったんでしょうか?お仕事中に覗きにきてくれてありがとうございます(笑)取りあえず、雨の思い出シリーズ完結です。さて、次はどんなエントリーしようかなァ。やっぱり釣りに行けないとネタが少なくなってきますネ。
Commented by tokyo_terry at 2005-12-03 22:13
kitaさん★こんばんわ!
本になったら買ってくれますか?取りあえずサインの練習しておきますネ(笑)やっぱペンネームはterryですね(笑)
Commented by tokyo_terry at 2005-12-03 22:18
miyukiさん★こんばんわ!
雑誌に寄稿して採用されそうな釣行を、来季は一緒にしましょう!Mr.Pとその相棒Mr.Aも一緒なら、何か面白そうな記事になるかもしれませんネ。でもMr.Aが水の中でバシャバシャと入っちゃうと釣りにならないかも?(笑)
Commented by at 2005-12-04 12:43 x
いいですね~。文章に引き込まれましたよ!
ところで、谷にいるとゴォーッて音、よく聞こえませんか。
飛行機の音か、雷(雲)の音か、はたまた落ち込みの水の音か・・・。
雷雲の音だったらすぐ撤収なのですが、
これがまた、僕にはよくわからないんですよね(^^ヾ
Commented by aka at 2005-12-04 16:32 x
terryさん、まいどっ!
毎回、写真もさることながら、綺麗にまとまった文章を読んで歓心しています。と昨日の車中でSHUさん、Yunさんとまたウワサ話してました。
セピアで表現されたイワナの表情が良いですね!
Commented by tokyo_terry at 2005-12-05 00:30
洋さん★こんばんわ!
渓で釣りをしていると、ボクの場合は水の音で他の音がかき消されている事が多い気がします。でもたまに誰かに見られているような時がありませんか?たまに背筋がゾクッとする時があります(汗)
Commented by tokyo_terry at 2005-12-05 00:33
akaさん★まいどッ!
北海道でウワサになるとはッ!それはイイ話ですか?(笑)先日クシャミを連発してたのですが、まさか・・・単に風邪を引いたようです(苦)
Commented by daikyu at 2005-12-05 05:46 x
terryさんおはようございます。お友達との一匹交代で
『お先のどうぞ』と言える余裕が大切ですよね。僕はある
渓をダブらせて一緒にそば食べちゃいました(笑)

でも登山のおじさん大丈夫かなと余計なこと心配に
なりました。仲間うちでは強烈な雨男と称される私は、
レインギアベストに入れない時に限ってこういうすごい
雨にやられることも多いですね。

クラプトンのBGMも聴こえましたよー僕も
エッセイコーナー作ろうかな。良いですね。
Commented by ライズ at 2005-12-05 10:52 x
こんにちは。正直に言いますとあれ~これで終わり?と思いました。ストリーの展開としては途中に登場した登山客が遭難してterryさん達が発見するのかと考えていました。だって何回も捜索を思わせる飛行機の音を書いてましたから(汗)。ですが、よくよく考えると山の捜索にはヘリですね。
Commented by heboheboy at 2005-12-05 13:43
なぜか、夕立がやってくる前の風が川面を掃いていくようなときにがバッと出ますね。初めて毛鉤でヤマメを釣ったときも同じようなシュチュエーションでした、要
Commented by tokyo_terry at 2005-12-05 20:10
daikyuさん★こんばんわ!
お先にどうぞってのは仲間内でもなかなか出来ませんよね、どうやったら先に入る事が出来るかばかり考えちゃいます。ボクだけかも(笑)そうそう、最近のレインジャケットは軽量でコンパクトなものが多いので持ち歩きましょう。ボクは必ずベストのバックポケットに入れてます。雨で釣りが終了ってのは寂しいですからネ。
Commented by tokyo_terry at 2005-12-05 20:13
ライズさん★こんばんわ!
すっかり忘れてました、登山客の事。登山客の部分はカットしようと思っていたんですよ。しまった〜ッ!ちなみに飛行機の音だと思っていたのは、雷だったんですよ。
Commented by tokyo_terry at 2005-12-05 20:16
要さん★こんばんわ!
雨や夕立、何が引き金になるのか、よく分からないのですが、こういった時にサカナの反応が良い事がありますね。来季もそんな時に当たりたいですネ〜。
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